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B i o g r a p h y

【思春期編 Ⅲ】中学生の部 さらにつづき

 

 

Aさんが「帰るね」と言って荷物をまとめ教室を出ていくまでの姿を、僕は直視できないでいた。

Aさんが教室の扉を開け「バイバイ」と言うまでの間、僕は再び渋い顔を作りクラスメイトのバランスリスト作成に頭を悩ませている“ふり”をしながら下を向いていたが、密かにAさんがガサゴソと机の中のものをカバンに詰め、教室を出るまでの物音だけに全神経を集中させていた。

 

 

A「じゃっ、バイバイ!」

 

僕「え?あ、うん、気を付けてね」

 

 

Aさんは教室を後にし、僕も意味の無い演技を終えた。

ふと窓に目をやると陽も落ちて真っ暗になっていて、程なくして練習を終えた野球部数人が教室に戻ってきた。

 

 

野「おうクールボーイ、まだいたのか」

 

僕「やめろ」

 

野「まだ帰んないの?」

 

僕「いや、そろそろ帰ろうと思ってたとこだよ」

 

野「一緒に帰るか?」

 

僕「そうだね・・・あっ、いや、やっぱりもうちょいやっていくわ」

 

野「熱心だねぇ~、あんまり無理すんなよ~」

 

僕「うん、ありがとう」

 

野「じゃぁな~」

 

僕「また明日」

 

 

なんだか独りで帰りたい気分だった。

 

 

しばらくして僕も教室を出た。

帰り道、色々な事が頭をよぎる。

合唱祭のこと、級長のこと、Aさんのこと。

同時に様々な感情が僕を襲った。言葉にできないモヤモヤとした感情。

 

 

程なくして家の前に到着、門の前で大きな溜め息が一つこぼれた。

魚の焼ける匂いが漂っていたが、それが原因というわけではなさそうだ。

 

帰宅すると母が魚をひっくり返す作業に苦戦している最中だった。

 

 

僕「ただいま」

 

母「おかえり~、今日は遅かったね」

 

僕「うん、ちょっとね」

 

母「今とっても美味しい高級魚を焼いているところですのよ」

 

僕「はい、アジの開きですね、ありがとうございます」

 

 

夕食後、僕はお風呂に入り、翌日の時間割を揃え、ピアノに向かった。

Aさんが僕の曲を弾いてみたいと言っていたことを思い出し、それまで書いていた自分の曲を眺めた。

 

 

「うん」

 

「やっぱりやめておこう」

 

 

級長のことを考えると、やはり今はAさんにピアニストを頼むことはできないし、僕の曲を弾いてもらうこともできない。

今はとにかくクラスのみんなと一緒に合唱祭で金賞を目指すことだけ考えよう。そう思うことにした。

 

 

すると不思議なことに、言葉に言い表せないようなモヤモヤとした感情がスーッと消えていき、気持ちがとても楽になった。

 

人間は自分の中に複雑に絡み合った様々な感情を、無理矢理ひとつの大きな感情に閉じ込めることができる。そうすることが果たして正しいことなのかは大人になった今でもわからないし、現実から逃げていると言えばまさしくその通りだとも思う。でも、その決意が正しかったのか、間違っていたのか、悩んだところでどうにもならないし、悩んでいたことなんて大概その答えが出るまでの過程の中で忘れてしまう。

 

とにかく今は、自分が一番しなければならないことだけに集中しよう。そう思った。

 

 

そして翌日、僕と級長が談笑をしていたところにAさんがやってきた。

 

 

A「ピサク君」

 

僕「はい?」

 

A「作品・・今日は持って来て・・ないよね・・?」

 

級「作品・・?」

 

僕「えっ・・と・・」

 

 

級長はなんとも言えない表情を浮かべ、僕を見ている。

 

 

A「あっ・・ごめんね!今度、見せてね!」

 

僕「あっ・・えぇ~・・ごめん・・うん」

 

 

立ち去るAさん。

正味15秒くらいの出来事だったが、何かを感じ取った級長はそのことについて何も聞いてこなかった。

そしてその後、その日の練習を終え、反省会を終え、級長がまたもや屋上に誘ってきた。

 

 

級「なぁ、クールボーイ」

 

僕「・・は、はい」

 

級「頼むから俺に気を遣わないでくれよ」

 

僕「えっ・・」

 

級「俺は大丈夫だから」

 

 

そして級長は口を噤む。

 

僕はこの時、この先の級長の言葉を聞いてはいけない気がした。

いや、聞けなかったという方が正しいかもしれない。

そしてしばしの沈黙を破り、級長が口を開く。

 

級「指揮、俺と代わるか?」

 

僕「え・・それは無理でしょ(いろんな意味で)」

 

級「お前が振ったほうが絶対に良いのは俺もわかってる」

 

僕「何を言ってるのさ・・」

 

級「みんなは俺を通してお前を見てる。ならお前が振ったほうがいいだろ」

 

僕「今はもう、みんな君を見てるよ。みんなへの指示もちゃんと飛ばせてるじゃない」

 

級「そう・・なのかなぁ」

 

僕「そうそう、心配いらないって」

 

級「不思議な奴だよお前は・・ホント」

 

僕「え・・?」

 

級「なんでもない、気にするな!」

 

僕「そう・・」

 

級「必ず」

 

僕「えっ?」

 

級「必ず金賞をとろうな!」

 

僕「そうだね、頑張ろう!」

 

 

僕はこの時、級長の瞳が潤んでいたのを見逃さなかった。

 

 

そして合唱祭も残すところ1週間となり、練習もラストスパートに入り、否が応にも練習に熱が入る。

 

そしてある日の放課後練習の最中

 

 

 

 

 

突然、級長が倒れた。

 

 

 

 

 

突然のことでその場は騒然となり、当然練習は中断。

体格の良いクラスメイト(あだ名:ゴレムス)が級長を担ぎ、保健室へと連れてゆく。

 

先導を切ってくれたのはAさん。保健室に着くやいなや

 

A「先生!大変です!」

 

先生の指示で級長を横にさせる。

先生がなにやら色々と診察のようなことをしているうちに思いの外早く級長、目覚める。

 

 

そして級長、全力で顔が青い。

 

 

先生「多分貧血だね。大丈夫だと思うけど、原因に心当たりがないなら病院に行きなさい」

 

 

気づけば保健室は我がクラスの生徒でごった返していた。

 

 

 

先生「どうする?もう少し寝ていく?」

 

級長に尋ねる。

 

 

級長「いえ、大丈夫です。すいませんでした」

 

先生「そう。さあさあ!身体測定じゃないんだから、出ていってちょうだ~い」

 

 

使っていた第二音楽室は​先に戻ったクラスの女子数名が片付けておいてくれていた。

皆で自分たちの教室まで戻り、級長がみんなの前でお礼とお詫びをひとつ。

 

その後、流れるように解散する運びとなり、帰宅するもの、部活に行くもの、それぞれに散っていった。

 

級長は当然帰宅。級長と僕は校門から正反対の方角へ帰るので、級長と同じ方面のクラスメイト数名が級長の家まで送ってくれることになった。

 

その日の晩、家の電話が鳴った。級長からだ。

 

 

級「クールボーイ、今日は悪かったな・・」

 

僕「やめろ。で、もう大丈夫なの・・?」

 

級「あぁ、大丈夫だ」

 

僕「そう、良かった」

 

級「おう」

 

僕「・・・」

 

級「・・・」

 

 

沈黙

 

 

僕「あ、あのさ!」

 

級「おう」

 

僕「今日君が倒れて保健室に連れていったとき、先導切ってくれたのAさんだったよ」

 

級「えっ・・」

 

僕「それからさ、君が目覚めたとき、練習に来てた人全員、保健室にいたでしょ。それが何を意味するかわかるかな」

 

級「・・・」

 

僕「君はみんなから信頼されている最高の指揮者ってことだよ」

 

級「・・お前」

 

僕「それからさ・・伝えておきたいことがあるんだけど・・」

 

級「・・おう、どうした」

 

僕「君・・」

 

級「・・うん」

 

僕「その・・まだAさん事、好きなんでしょ・・?」

 

級「・・・・」

 

僕「あ、あのさ、僕はAさんのこと・・」

 

級「・・・・」

 

僕「その・・」

 

級「・・・・」

 

僕「なんとも思ってないからね!!」

 

 

 

言ってしまった。

級長がそんなことを聞いて喜ぶわけがないとわかっていたのに。

 

自分の気持ちに嘘をついたこと、友達のためと割り切って気持ちを捻じ曲げたこと、このことに関して、後悔はしていない。

けれど、級長の気持ちをまたひとつ揺らがせてしまったという後悔は未だに捨てきれないでいる。

 

 

 

そしてついに合唱祭の日がやってきた。

僕はいつもよりも早く起きて自分のパートを確認し、少し早めに学校へ行った。

 

教室へ向かう廊下を歩いていると、ともなくとある合唱曲が聞こえてきた。

 

「白いライオン」我がクラスで歌う曲。

 

急いで教室へ向かうとそこにはクラスのほとんどの生徒が、ラジカセを伴奏に歌っていた。

みんないた。もちろん、Aさんも級長もいた。

 

「おっせーよクールボーイ!」

 

などと罵られながら、合唱に引きずり込まれる。

ひとつになったクラスの歌声に混ざりながら僕は思った。

 

 

これが音楽なんだ。

 

 

小学校3年生に上がるまで、「歌うこと」で音楽が嫌いになり、音楽なんてなくなればいいとさえ思っていたのに、いま、「歌うこと」に大きな感動を覚え全身が震えている。

 

朝練をするなどと誰が言ったわけでもなく、自然と集まったクラスメイト達。

たくさんの心が金賞というひとつの目標に向けてひとつになっている。

たくさんのその瞳には、逞しく、凛々しく、堂々と4拍子を描く級長の姿が映る。

 

 

この思いは必ず、大きな感動となり聴き手に届くはずだ。

 

 

朝練が終わり、僕は何気なくクラスを見回した。

そこには以前のような男女東西分裂は見る影もなく、いつの間にやら太い絆でつながったクラスメイト達の姿があった。

 

 

 

そして、合唱祭が始まった。

 

くじ引きで決められたのか、1、2、3年生がごちゃまぜの順番で演奏する。

僕らは7番目。ラッキーセブンだ。

 

僕らの番が来るまで他クラスの演奏を聴く。

上手いと感じるクラス、そうでないクラスがある。

中でも3年生の音楽の先生が担任を務める3年生のクラスの演奏を聴き、迫力と繊細さに圧倒された。

 

 

いよいよ僕らの番。

 

みんな緊張して顔が強ばっていたが、指揮台に立った級長が、穏やかな表情で僕らひとりひとりと目を合わせていき、緊張を解いていった。

 

 

そして演奏。

あっという間の出来事。

この瞬間のために何ヶ月も練習してきた。

 

僕らの演奏は今まで練習してきた成果を120%出し切ることができたと思う。

 

色々な思い出がよみがえる。

結果を待たずして涙するものもいた。

 

 

そして全てのクラスの演奏が終わり、結果発表。

 

 

 

 

 

銀賞だった。

 

 

 

 

 

大きな悔しさはなかった。

 

もっともっと大事なものがこのクラスには生まれたから。

 

クラスのみんなも同じ気持ちだったと思う。

 

 

ただ、もうこのクラスで合唱祭に挑む日は二度と来ない。

その寂しさで自然と涙がでる。

 

 

教室に戻り、クラスメイトの「ゴレムス」がその大きな体から発する大きな声でいう。

 

 

「級長お疲れ!!」

 

 

クラス全員の拍手が級長に向けられる。

 

級長

 

 

 

全力で泣く。

 

 

 

そしてその姿を見た男声リーダーの秀才のS君(久々の登場)が何故か大号泣。

 

その後なぜか級長とS君を交互に胴上げするという、なんともよくわからない展開になり、僕らの合唱祭という大きな舞台は幕を閉じた。

 

 

僕らに金賞はとれなかった。

でも、もっと大きなものがこのクラスに生まれた。

そしてみんな、心からの笑顔で笑っていた。

 

 

全然悔しくないと言えば嘘になるけれど、これで良かったんだと思う。

 

 

 

その後、合唱祭が終わってからも、仲の良いクラスに生まれ変わった我がクラスに笑顔が絶えることはなかった。

 

 

 

 

 

しかしその裏では、僕とAさん、そして級長の恋の行方に、新たな変化が訪れることになる。

 

 

 

【思春期編 Ⅲ】中学生の部 まだまだつづく 

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