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B i o g r a p h y

【思春期編 Ⅱ】中学生の部 つづき

 

 

合唱祭で金賞を狙うとクラスで誓った翌日。

 

この日は音楽の授業はない日だった。

特に変わったこともなく、平和に時間が過ぎ、そしていよいよ放課後。パート練をする時間がやってきた。

習い事がある人以外、ほとんどが参加してくれた。

部活の人も担任が事情を各部活の顧問に説明してくれていたようだ。

 

初日はまず、パートリーダーを決める事になった。

ウチのクラスの課題曲「白いライオン」は混声三部のため、ソプラノ・アルト・テノールの3人を決める。

当然、男声リーダーは級長・・というわけにもいかず、秀才のS君が務める事になった。

僕にされそうにもなったが、即座に一言。

 

「指揮者には僕という補佐が必要だと思うわけさ」

 

なるほど!!という具合でみんな納得。(理由は後に記述)

女声リーダーは惜しくも伴奏者になれなかったピアノを習っている残りの2人が就き、それぞれソプラノにTさん、アルトにYさんが就任。

 

練習にはピアノレッスン日の火曜以外、伴奏のAさんもいた。

※Tさん、Yさんのピアノレッスン日(Tさんは金曜、Yさんは・・忘れた)はそれぞれ不在

 

ここで記しておくが、僕の恋するAさんは絶世の美女!というわけではない。

どこにでもいそうな感じだが、僕の眼にはピアノを弾いている姿が誰よりも魅力的に映ったわけだ。

 

ウチのクラスの男子には、誰ひとりとして音楽をかじっている人間がいなかった。

僕だって、ピアノが弾けるうちには入らない。

しかし、ごく普通の中学生男子に比べれば、少ないながら音楽に関する知識がある。良い悪いの分別は出来るはずだ。

 

第2音楽室は教室こそ広くはないが、それと同じくらいの広さを持つ楽器倉庫がある。

ピアノと合わせるパートは教室で。それ以外はラジカセを持って倉庫でという感じで練習スタイルが確立していった。

指揮者は常に教室にいて、ピアノと合わせるパートに常駐。僕はといえば初めこそ教室と倉庫を行ったり来たりしていたが、指揮者がわけのわからない指示を飛ばそうとするたびに、それを阻止せよというビームがクラスメイトからビシビシ飛んできた為、ピアノ・指揮者のところから離れられなくなっていた。まぁ僕としては、みんなから頼られている感じがなんとなく心地良かったわけだが。

 

練習時間も1時間程と短いため、内容の濃いものにしなければならない。

パート練の最後には全体で合わせをして終了。

練習後は必ずパートリーダーのS君、Tさん、Yさん、伴奏のAさん、指揮者の級長、補佐の僕の6人で教室に戻り反省会。

大体は各パートの問題児をどう更正するかが課題だった。それから指揮者の無駄な指示についても・・・

※後に級長は棒を振るだけで演奏側への指示は僕が飛ばすという斬新な練習スタイルに変化

 

その後、放課後パート練大作戦がスタートしてからは、音楽の授業がやってくるたび音楽室へ移動する前に何故かみんなで気合いを入れるという変な儀式まで出来て、日に日にクラスの団結力も増していき男女仲も良くなっていった。

音楽の授業では、練習の成果を斉藤先生にぶつけてやろうとみんな張り切っていた。

先生は先生で、日に日に上達してゆく我々に若干の焦りをみせながら、指導してくれた。

 

そしてある日、僕は斉藤先生に呼び出しをくらった。

 

先生「遠藤君」

 

僕「違いますけど・・・はい」

 

先生「あなたどうして指揮者やらなかったの?」

 

僕「い、いえ・・級長がやると言うので」

 

先生「あなた指揮の振り方知ってるでしょ」

 

僕「えっ・・」

 

先生「○○くん(級長)の指揮の振り方が変わっていたもの。日に日に上達していたから先生何も言わなかったけど、あなたが教えてたんでしょ」

 

僕「あ・・まぁ・・はい」

 

先生「来年は必ず指揮者やりなさい」

 

僕「あぁ、はい、わかりました」

 

先生「先生覚えとくからね」

 

僕「どうぞお忘れ下さい・・」

 

先生「それからあなた、指揮法はどこで覚えたの?」

 

僕「いや、覚えたというか・・少し本を読んだだけです」

 

先生「そう、指揮法に興味があるの?」

 

僕「それはまぁ、はい、あります」

 

先生「先生音大の時、指揮法ずっと取ってたから教えられるけど、教えてほしい?」

 

僕「はい、教えてくれるなら」

 

先生「わかった、じゃあ教えてあげる。そのかわり来年は必ず指揮者をやる事。それからね、あなた専属のピアニストを探しておきなさい」

 

僕「えっ・・!?」ドキッ

 

先生「演奏者がいないと指揮者の意味がないでしょう?」

 

僕「まぁ、確かに」

 

先生「専属ピアニストを見付けたら声を掛けて。でも今は合唱祭のことに専念しなさいね」

 

僕「わかりました」

 

 

さぁ困った。僕“専属”のピアニストだって。

それはもうお願いしたいのはこの世にたった一人しかいないわけで。

これはまずい・・もうドキドキしてきた。

そしてこの一件から、Aさんの前で急にそわそわするようになった。

 

そしていつものように放課後パート練をこなす。

我がクラスも当初と比べればかなり上達してきた。

各パートそれぞれ、だいぶイイ感じに仕上がり、パート練よりも全体の合わせを中心に練習するようになっていった。

しかし全体練習となると、どうもバランスが悪い。

気合いが入りまくった一人だけが異様に声が大きかったり、パートとしてはよくまとまっているけどパート全体で入りのタイミングが悪かったりしている。

特にこれくらいの年齢の男子は声質にだいぶムラがある。そういうところは個別に声量を調整してバランスを取るしかない。

男声は幸い1パートしかないので、個別に「君はココを弱く」「君はココを強く」といった風に、徹底的に譜面に書きこませた。

合唱は全員が全員、元気に歌えばよいというわけではない。特にウチの課題曲「白いライオン」は強弱・バランスにかなり左右される。

僕は僕でテープを聴きまくって、徹底的に研究した。

 

相変わらず練習後にはリーダー達6人で集まり反省会。

反省会も後半は雑談で談笑・・という風になっていた。

ある日の反省会の終了後、級長が僕に「このあと時間があるか?」と言ってきた。

なにやら話があるらしい。

そのまま級長と屋上に行き話を聞くことに。

 

この後驚愕の事実を知り、僕は困惑してしまう。

 

~屋上にて~

 

級長「なぁ、クールボーイ」

 

僕「やめろ」

 

級長「俺、振られちまった」

 

僕「はぁ?誰にさ」

 

級長「Aに・・・」

 

僕「はぁあ!?」

 

級長「実は俺、ずっとAが好きだったんだ。だから指揮者にも立候補した」

 

僕「あっ・・そう・・」

 

級長「おまえさ、彼女いるのか・・?」

 

僕「僕に彼女がいるように見えるの?」

 

級長「いや、見えないけど」

 

僕「おい」

 

級長「ハハハ・・悪い」

 

級長「こんなこと言っていいのかわかんないんだけどさ・・」

 

僕「うん」

 

級長「どうやらな、Aは・・」

 

僕「うん」

 

級長「・・・・」

 

僕「な・・なにさ」

 

級長「いや!なんでもない、忘れてくれ!!」

 

僕「おい!なんだよ」

 

級長「いや~!でもすっきりしたよ!ずっとモヤモヤしてたからな!!」

 

僕「・・そう、まぁ結果はアレだけど、すっきりしたなら良かったんじゃない?」

 

級長「ああ。俺は男らしく諦める!俺は熱い男だが、こういう部分はチキンだからな!」

 

僕「ちょっとなに言ってるかわかんないけど・・でもまぁ告白ができるだけ勇気あると思うよ」

 

級長「おう。サンキュー」

 

僕「ただ僕が心配なのは・・」

 

級長「ん?」

 

僕「今後Aさんと普通に接していける?気まずいんじゃない?」

 

級長「大丈夫。上手くやるさ」

 

僕「ならいいけどね・・」

 

級長「おまえさ、音楽すげーな」

 

僕「ただ好きなだけだよ。楽器何もできないし、何も凄くないって。」

 

級長「クラスのみんなはおまえを頼ってる。クラスを金賞に導いてくれると信じてる」

 

僕「責任感じちゃうからやめて・・」

 

級長「絶対、金賞取ろうな」

 

僕「うん、頑張ろう」

 

級長「俺も音楽凄かったら振られなかったかもなぁ・・」

 

僕「ん?」

 

級長「いやなんでもない。さぁ行くか!遅くまで悪かったな!」

 

 

気がつけば真っ赤な夕日が僕と級長の影を長く伸ばしている。

屋上から校庭を見降ろす級長の背中を僕は椅子から眺めていた。

クラスのみんなの事を第一に考える、級長の頼り甲斐のあるピンと張ったいつもの背中は、悲しみを背負うように丸まっていた。

 

翌日の級長は驚くほどエネルギッシュで、驚くほど盛大に空回りしていて思わず笑ってしまった。

 

しかし級長の失恋は僕にも密かにダメージを与えていた。

こうなってしまった以上、Aさんにピアニストを頼むことは難しい。

しかも昨日の級長との会話には何やら意味深な発言もある。

僕とAさんが一緒に何かをしている姿を見せるのは、級長の傷をえぐる事になりかねない。

ピアニストの件は考え直した方がよさそうだ。

 

 

そうこうしているうちに合唱祭も残り1ヶ月を切った。

音楽の授業でも体育館練習が始まり、クラスの雰囲気もだんだんと緊迫してきた。

そんな頃、パート練後の反省会を終え一人教室でクラスメイトのバランスリストを作成していた時、突然後ろから僕を呼ぶ声がした。

 

Aさんだった。

 

 

A「ピサクくん」

 

僕「あっ、Aさん」

 

A「まだいたんだ」

 

僕「うん、ちょっとね」

 

A「あ、ごめん私、邪魔?」

 

僕「あーいやいや、大丈夫」

 

A「ちょっと話さない?」

 

僕「うん、いいよ。どうしたの?」

 

A「あ、いや、特にこれといった用はないんだけどね(笑)」

 

僕「なんだそりゃ(笑)」

 

A「ウチのクラス、成長したよね」

 

僕「そうだね、みんな頑張ってるもんね」

 

A「うん・・・ホント頑張ってる」

 

僕「うん・・・ハハハ」

 

A「・・・・」

 

僕「・・・」

 

 

しばし沈黙。なんだこれは。重い。

 

 

A「ピサクくんはさ、どうして音楽なの?」

 

僕「何?」

 

A「いや、私はピアノしかできないからピアノやってるの。運動も苦手だし」

 

僕「Aさん勉強もできるじゃん。ピアノもあんなに上手だし、羨ましいよ」

 

A「そんなことないって!でも・・ありがとう」

 

僕「うん、ホントに羨ましい」

 

A「なんか照れる(笑)」

 

A「ピサクくんはピアノは弾かないの?」

 

僕「何度もやりたいと思ったけど、僕は弾くより作る方が好きみたいだから」

 

A「作る?」

 

僕「あんまり人間には話してなかったけど、僕は作曲が趣味なんだ」

 

A「人間にはって(笑)」

 

僕「近所の犬にはよく話してるよ(笑)」

 

A「なにそれ(笑)」

 

A「でも凄いじゃん。作曲なんて私には絶対無理!」

 

僕「僕だってそんな凄い曲を書いてるわけじゃないよ。ただ思いついたメロディを“かき集めていじってるだけ”みたいな感じ」

 

A「ねぇ、もしよかったら今度作品見せてくれない?弾いてみたい・・」

 

僕「えっ!?弾くの!?Aさんが!?」

 

A「え、ダメ・・?」

 

僕「いやいや!ダメとかそういうんじゃなくて、人に弾いてもらうなんて思ってなかったからちょっと驚いちゃって。ましてやAさんみたいに上手な人になんて尚更・・」

 

A「私なんかでよければ是非、弾かせて欲しい・・です」

 

僕「ありがとう、嬉しいよ!でもあまり期待しないでね」

 

A「うん、期待してる(笑)」

 

僕「ちょっと(笑)」

 

A「じゃぁ、私帰るね!また明日」

 

僕「うん、気をつけて!」

 

 

地に足が付いている感じがしなかった。

と同時に級長に対する罪悪感がこみ上げる。

級長の傷はきっとまだ深い。

「男らしく諦める」と言っていたが、僕は級長の本当の気持ちを知っている。

人は一度好きになってしまった人への感情をそう簡単に抹消する事は出来ない。

感情をコントロールすることがどれほど辛いかは、痛いほどよくわかる。

 

何故なら、今まさに僕もその状態にあるから。

 

 

 

翌日から僕・Aさん・級長のほろ苦い三角関係がスタートする事になる。

 

 

 

【思春期編 Ⅱ】中学生の部 まだつづく

    

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